#6 Beyond the Taboo

凄まじく考えて、
凄まじく動く

株式会社乃が美ホールディングス

代表取締役会長兼社長 森乃 博之 氏

日本に“高級食パン”という新しいジャンルを確立させた「乃が美ホールディングス」は、2013年の創業から5年も経たずに100店舗を展開。6年目には47都道府県へ、2022年現在は250店舗を超える勢いだ。記憶に新しい高級食パンブームは、乃が美の後を追うように巻き起こった、一つの社会現象でしかない。「ここからが本当の勝負だ」と森乃会長は語る。

この記事では、高級食パンという新しい市場を生み出し、さらに新たな食文化の創造に挑戦する乃が美ホールディングスの森乃会長が乗り越えてきたものや、行動哲学とは何か。そして、未来へどう挑んでいくのか。森乃会長が考える、壁の乗り越え方「Beyond the Taboo」に迫る。


「食パンだけでは、絶対に成功できない。」
その周囲の声で、食パンの未来に確信を持った。

なぜ、乃が美は「食パン」という事業を選んだのですか?

幼い頃の私は、母親が忙しくて時間がない時は、お米ではなくて食パンを食べて育ちました。しかも、安くて固い耳の部分だけを食べていたんです。当時は子どもながらに、あまりいい気分ではありませんでした。その頃の記憶が根底にありますが、やはりパンが大好きなんです。そして、食パンのこれまでの常識を破って「両端の耳も美味しい食パンが食べたい!」と耳を取り合いになる食パンを作りたいと思いました。

食パン一本で行こうと決めた時には、パンメーカーや製粉関係者から「食パンだけで成功するのは、絶対に無理だ」と言われました。当時のパン業界では、食パンはバラエティ豊かなパン商品の後に、オマケのように購入される存在だったからです。「みんながこれだけ“無理”と言うのなら、食パン専門店はいけるんじゃないか」と思いました。みんながいけると話すモノは、とっくに探されている市場なので、ろくな結果につながりません。

日本一の高級「生」食パン専門店になれた、乃が美の強みは何ですか?

乃が美には、いくつもの強みがあります。まず、乃が美の食パンは、“20人に食べてもらって、20人全員が美味しい”と言うまでは店を開けないと決めて商品開発を続け、ようやく誕生した食パンです。開店するまで約2年を掛けて作り上げた、見た目、美味しさ、食感が全ての礎になっています。創業から9年間、ずっと食パン一本でブレずにやって来たことも大きいですね。

そして、乃が美の強みは何よりも“人”です。乃が美では約1,000人以上のパン職人が働いていますが、乃が美の理念、ビジョンを共有して、共感いただいてから入社、参画してもらっています。新店オープンの際にも、6ヶ月の研修を経てやっと営業を開始できる。パンを作る人はもちろん、パンを売る人も、同じ思いで乃が美の現場に立ってもらっています。そこが、乃が美の一番の強みだと思います。

乃が美の強みを生み出す源泉。
それは、広告事業で培った“本質を見抜く力”。

2,800名を超えるスタッフと、どのように思いを共有するのでしょうか?

ひとつは、乃が美にはパン職人から店頭に立つパートさんまで全員に、情報を即座に伝えられるグループウェアがあります。ルールやマニュアル、日々の大切な情報を、早く正確に伝達するインフラです。このグループウェアの導入は、乃が美が4〜5店舗目を出店する頃でしたが、一部の職人さんからは反発もあました。「必要ないのでは」と。ただ、この仕組みがなければ、今の乃が美はなかったと断言できます。それほどに、ブランド事業にとって思いの共有は重要です。

さらに、乃が美の全スタッフは『乃が美 心得帖』というクレド冊子を携帯しています。ここには乃が美の存在意義、迷った時にいつでも立ち戻れる“乃が美の行動理念”が書かれています。「その思考行動が、乃が美の善につながるか」など掲載している内容は、多くの社員と一緒に、みんなの思いで作りました。クレドは作ることがゴールではなく、その先にある目的達成のためにあります。

このクレド冊子作りのように、あらゆる物事の本質を見る姿勢は、私が31年前に創業した広告会社での経験が大きく影響しています。また、広告事業を通して多くのクライアントと接する中で、成長する企業はブランディングを大切にし、戦略がブレていない点に尽きると思いました。「歴史に残るブランドを築きたい」という私の思いが込められた乃が美でも、徹底しています。

上本町総本店

乃が美ブランドは、どのように築かれてきたのでしょうか?

乃が美のテーマは「タブーへの挑戦」です。人の踏み込まない領域に踏み込むという考え方が、ブランドの土台にあります。乃が美の1店舗目は、大阪上本町の裏道にある二等立地に開店しました。大通りから見えないような、目立たない場所です。2店舗目は兵庫県、3店舗目は名古屋、そして4店舗目は福岡と、朝の開店前に10〜20人の行列ができる人気店になってはいましたが、東京へは進出しませんでした。その後も、製粉会社がないから厳しいと言われた和歌山県、パン事業で雪国はむずかしいのではと言われたら青森県へ出店するなど、「ここでパンは絶対に売れない」と言われる全国の地方を制覇してから、東京に出店しました。東京で流行った店が地方に行くと、失敗するケースが多いこともひとつの理由です。

さらに、乃が美というブランドには“発祥の強み”があります。生でちぎって食べるという高級「生」食パンを初めて生み出した強み、プライドも大きい。決して二番手を走るわけには行かない、という自負があります。創業から5年も経たずに100店舗を達成できたのは、一番手で走り続けたからこその、誰も見つけていない市場があったからです。

“腰折れ寸前”の食パンに続く、
パン業界のタブーを形にした新商品が誕生。

「焦がし」に挑戦した新商品『黒山乃が美』

新商品『黒山乃が美』が誕生した経緯をお聞かせください。

2022年7月に発売された『黒山乃が美』は、創業以来ずっと主役になってくれている商品『創業乃が美』の兄弟として開発しました。焼きすぎギリギリの香ばしさ、「おこげ製法」で中はもっちりの『黒山乃が美』は、乃が美らしさを目指した結果辿り着いた、世の中的にもまさに新しい商品です。さすがにここまでは焼かないだろう、というパン業界のタブーに挑み、ずっしり黒光りする見た目、ほろ苦さの中にも甘みがある美味しさ、外がパリパリで中身がもちもちの食感を実現しました。構想から試作まで、何度も何度もやり直して、「ここまで行かなければ、乃が美じゃない」という基準をついに達成した商品です。

クルトンやラスク、コーヒーなどの副商材もありますが、あくまでも主役を引き立たせるもの。乃が美は、これからも「生」食パン一本です。『創業乃が美』と『黒山乃が美』という「生」食パン兄弟を、ぜひ可愛がってほしいです。

台湾出店を皮切りに世界進出する乃が美は、何を実現していくのでしょうか?

新型コロナウイルスの影響もあってまずは台湾から出店しましたが、他の国々からもオファーが来ています。また、乃が美は世界のパン市場をあまり意識せずに展開して行こうと思っています。なぜなら、利用イメージが固定された食パンというジャンルではなく、『乃が美』という新しいジャンルを世界に出していきたいからです。“贈答のために買って自分も食べる”、“自分のために買ったけど、大切な人へのギフトにもなる”。そんな「主食が贈答になる」という、新しいジャンルです。乃が美は、食パンという狭い定義にはおさまらないブランドを目指しています。近い将来、「高級食パンを買って帰ろう」ではなく、「乃が美を買って帰ろう」という日常をつくっていきたいです。

そのためにも乃が美が、ブランドになることが最重要です。ブランド商品でありながらも、お客様が食べたい時に身近で食べられる商品でもある、という過去のブランドにはない相反することをやり遂げられるかどうかが、乃が美が今後10年、20年を生きていく鍵になると考えています。だから私は、『高級「生」食パン』という言葉から、早く「高級」という言葉を取りたい。乃が美は、高級な食パンではなく、乃が美なのです。有名なアパレルブランドも、高級バッグ専門店や高級服専門店ではなく、ブランド名で呼ばれますよね。それと同じ話です。

乃が美とは、責任ある存在。
パンで暮らしを変えるのが、乃が美。

森乃会長にとって、乃が美とはどのような存在ですか?

「食パン市場で責任ある存在」です。市場に新たなジャンルを生み出して、確立させ、未来へバトンタッチしていくもの。日本の食にとって、初の世界ブランドになれるかどうかという使命もあります。

食の安全性については月に一回リスクコンプライアンス委員会を開き、材料表記や異物混入に特に気をつけて、他の企業で起こった危機を、全て乃が美に当てはめて対応を講じる体制が出来上がっています。

ブランディングには、市場の声が欠かせません。そのため乃が美では、全250店舗※から日々集まるお客様の声を重視しています。そして、なぜ、そのようなお声が上がってきたのかを深く考えるようにスタッフにも話しています。

事業を推し進める中で、森乃会長が大切にされている行動指針はございますか?

「考えて考え抜いて、すぐ行動する」、「考えて答えが出なければ、すぐに行動する」、そして「100%の準備はできないから、行動して気づいたらすぐに改善する」この3つを集約して、『凄まじく考えて、凄まじく動く』ことを常に意識するようにしています。「今の自分は、凄まじく考えたか?」と自問することで、考えや行動が変わります。いつもノートを持っていて、考えながら手で書く習慣もあります。書き込んだ課題やタスクを解決・実行できたら、ペンで上から消し込みます。やはり、アナログが一番です。

常に持ち歩く心得帖と手帳、ノート、ペン。

また、『出会いは一瞬、付き合い努力』という言葉も大切にしています。出会いは、世の中平等にありますが、一瞬の出会いを繋ぎ止められるのは、自分の努力次第です。環境のせいにしてはいけないといつも思っています。私は、100年続く企業となるために、数多くのファンドの方にお会いしましたが、クレアシオン・キャピタルとの出会いは特別なものでした。どのファンドよりも、乃が美のパンを食べてくれて、理念も深く理解してくれています。さらに、エンドユーザーのお客様の気持ちまで大事にしてくださっていることが伝わってきて、二人三脚で取り組める大切な存在です。今では商品開発の会議にも同席いただき、とてもいい循環が生まれています。乃が美の主役はパンですが、やはり働く人と、出会う人が全てです。私は、人に恵まれてきました。

乃が美はこれからも、大切な仲間たちと一緒に、誰もなし得ていないタブーの領域に挑戦していきます。そしてこれからも、乃が美を支えてくださっているファンやお客様が「大切なあの人にも食べさせたい」と思ってもらえるような商品を世に送り出していきます。『パンで暮らしを変えるのが、乃が美』に、ぜひご期待ください。そして、まだ乃が美を食べたことのない方は、ぜひ一度食べてみてください。

森乃 博之(もりの ひろゆき)/株式会社乃が美ホールディングス 代表取締役会長兼社長
1992年、大阪で広告代理店を創業し、今ではグループ総売上50億を超える企業に成長。2013年には、大阪上本町にて乃が美を創業し、5年を待たずに100店舗達成。6年で全国47都道府県への出店も実現させ、現在は47都道府県249店舗、海外1店舗(台湾)の全250店舗※を展開しています。2022年より、株式会社乃が美ホールディングスの代表取締役社長兼会長に就任。 ※2022年7月5日現在